月別: 2018年5月

31 5月

祖母の家の箪笥を開ければまるで時代絵巻の着物が

私には岩手の北奥の方に母方の祖母が住んでおり、都会に住んでいる父方の祖母の箪笥とは違って母方のその祖母の家の奥の部屋にある座敷部屋の箪笥の中には沢山の着物が眠っているんです。
昔は浴衣を祖母が作ってくれたりもしていて、そういう懐かしい手製の浴衣類も合わせれば全部畳みの上にでも並べてみたら、きっと鮮やかな事になるだろうな、なんて思いワクワクとしていた事もあった位です。
結局、着物や浴衣を一面に広げるという事を実際にはやっていないのですが、いつも思うのはもっと着物が気軽に街中や何気ない道程でも当たり前のように着れるような風潮であれば良いのになって事です。
どうしても着付が難しいとか髪型も特別なものにしないと似合わない、とかそんな考えが先走ってしまいますが、本当は着物ってランクはそれぞれあれども昔の人は普段着のようなものであったはずですし、本当は堅苦しいものではないはずなのでは、と思うんです。
箪笥の中に眠ったままなんてのは勿体ない事だなって思ってしまうんです。
観光地だったり、職業柄、そして季節的なものでは着物は存在していても、何だか日本のそういう良き文化を分かっているのって今じゃ外国の方の方が多い気もします。
そして、眠ったままの着物を、そのままじゃ勿体ないよと転売価格を調べてみた事があるのですが、着物って昔のデザインの方が価値があるべきなのに、むしろ価値が低いんです。
何でだろう?って疑問に思ってしまいます。広げて見ればこんなにも鮮やかなデザインなのに、どうしてこんな日本の中では軽んじられるものなのだろうか、と結局売るのは止めて、たまに広げては箪笥に戻す、なんて勿体ない扱いをしているわけです。
私の母が成人式で来た振り袖も、その箪笥の中に眠っていて「今の流行りのを買いなさい」と、私は母の着た振袖を着ても良かったのに、新たに別な振袖を用意してくれましたし、歴史がある着物の扱いってとても難しいものの気がしてしまいます。
せっかく、箪笥の中にこんなにも沢山の着物が眠っているのに、それって贅沢なはずなのに、どうしてそれを公にする事ってこんなにも扱いが難しいのかなって思うんです。
きっと私だけでなく、素敵な着物を密かに抱えているお家って沢山あると思うんです。
着物を相場で売ることができれば、それらの着物も本望かなとも思います。
なので、もっと民家に眠っている着物達の晴れ舞台があれば良いのになって思うばかりです。
最新じゃないからこそ、きっと広げれば時代絵巻にも成り得るでしょうし、浴衣や振袖なんかでも大正ロマンや古典柄が流行っているので、それと一緒に着物達も波に乗ってほしいなって感じます。